NOT LIVES -ノットライヴス-(5)レビュー メイズ戦の理不尽な決着、分析。

九巻で、救いになるようなシーンが出てきます。けど、やはりプレイヤーとして上回っていたように見えた彼女逹でなく主人公ペアが先に行くと言うのは理不尽です。
と、思ったのですけど、本編中で、マックス逹の研究所で、最低でも十五人を被験者にして出来た「より信頼性の高い駒」がメイズ一組のみ、という情報を見直して。
結論。あのシステムを組んだマックス逹のバグ「設計思想の欠陥」に被験者であるメイズが引きずられたからだ、と分析しました。頻繁にプレイヤーとアバターを切り替える戦闘法、不協和移動術ディスコード⚫モーションを知っていたなら、可能性を検討した上で控えるよう勧告しておくべきだった。そもそもゲーム全体で、プレイヤーがアバターに変わる現象が実在する世界観からおかしい。基本的に不可逆であるはずの現象を、「ステージで動けるのはアバターのみ」という法則を利用して、何度もステージの中で動作をキャンセルするから。プレイヤーとアバターの入れ替わりを勝敗前に始めたりするから。決着したときの「プレイヤーがアバターに変わる現象」がプレイヤーのメイに起こるのか、主人公に起こるのかがバグってしまったのだろう。
マックス逹の「より信頼性の高い駒」を作るための構想は、やはり十五日ルールを越えるものではない欠陥技術で。何故か主人公との戦闘終了後に、デバッグが起きてーパートナー探しのタイムアップによりメイ逹が消えた、という扱いで納得すべきなるだろう。
器が一人の人間の、プレイヤーをやっている別な人格、がアバターである自分の人格を失って。プレイヤーである自分の人格だけになったあと。今度は自分より年が若いもう一人の自分を産み出す、ネスト構造、を一人の器が繰り返すことは、世界にとってのイレギュラーであり、本道の外なのだろう。何故か世界全体で、アバターとしてゲームオーバーを迎える連鎖を途絶えさせたくないようだ。
しかし、それならアバターになった全員が、プレイヤーを見つけずタイムオーバーするようになったならばどうなるのだろう。また新たな第一世代を見つけて連鎖を始めるのだろうか
 
四巻ラストの、プレイヤーが倒されるとアバターが無事でも負け、というルールの延長にある事情だとみる。