メモ きょうかい

 

 

 

 

サモンナイト1をやるとエルゴの王たちの嘘がわかる気がする。今回メイメイが話した過去の真実で注目すべきは、「初代エルゴの王は赤子の頃にリィンバウムに来た」「羊飼いをしていた時からの幼馴染みがいた。恋仲になった」「四界のエルゴは侵略者を撃退し続け、過去の混乱からの復興が捗って、皆が王に頼ってばかりで勝手なことをいっている、砂上の楼閣な時にリィンバウムの完全破壊を命じた」→ある使者達が言った。(憐れむように)「召喚師たちの横暴は限界を越えてしまった」「強大なもの達の慈悲を省みず、召喚師たちは非道を重ねてきた。無分別な召喚によって異界の理は千々に乱れ、このままでは修正できぬところまで追いやられてしまったのだ。」欠けて生じた綻びは人心を乱し、多くの戦乱を招いた。「至源へと繋がる境界線を玩び、私欲を満たす魔剣使い達よ。汝らは捨て置けぬ存在なのだ。」「これ以上増える、だと。まだ罪を重ねる気か。」


真鍮の玉は、持ち主の感情を喰らい、サプレスの魔力を用いて悪魔を使役するーサモンナイト2のゲームガイド巻末の小説に似ていて。本当は決定的に違う。どのキャラが好きかによりますけど、メルギトスが最誕したものとそうでないもの、複数いるならば美しくはまる。
と、言うよりも。愛娘のトリスを、本当に慈しんでいるのが誰かを考えて。「私は大丈夫。大丈夫」と繰り返し。「悪魔と契約した」「誘惑に抗えるほど自分は強くなかった」という心情を抱くようなカシスはどんな人なのか。
結論、私のなかでは、ナツミとアヤは間に合わなかった。肉体に残った方でなく、宝珠に食われるような感情自体が、カシスがその人らしい部分だったと思うから。
羽ばたけたものを、そうでなかったものたちは引きずり下ろす。「大切な人たちは自分のことで忙しくて。あなたは誰も助けてくれない。一人ぼっちで、何の役にも立たず、誰にも知られず死んでいく。」→「認められぬ悔しさ。捨てられる恐怖。満たされぬ苦しみ」「父様がー喜んでくれる」。
これは、さ。どこかで化け物になったカシスが、他の世界のカシスを、自分のチャットメンバーに入れたがっているってことじゃないのかな。
ところで、
前巻プロローグで、冥土たちのイメージで、「飛び立てぬものたちは飛びたとうとするものたちを決して許さない。意思力の全てを用いて邪魔をしようとする。同じ地べたに引きずり下ろそうとする」という一説があった。
ケンタロウの言葉は「自分だけでなく、身内までも死の危機に瀕させてしまう。最低最悪のお荷物。それだけは絶対に避けなければいけない。だからケリつけてくれや。きれいさっぱりに、な。」という対極のものであった。
冥土が危険なのはわかるけど、どうなのだろうか。死にそうなやつだから、掴まっていれば一緒に殺してもらえる。あるいは、死に行く老人を最後まで手放さず、尊厳死されそうであってもさせずに済ます気なのか。
それとも、若さや生気を吸い取る妖魔をモデルにしているのか。→患者から何かを吸いとって(老廃物の)臨終の解脱の心情を為させ。注入先の培養物達を(原人の本能を持つ)生まれでる時を待つ胎児の心境に変える、とか。癒しの奇跡が魂の生きようとする力に介在するものだとすると、天秤や濾過槽のように偏差、濃度勾配をつけるものだと見るべきか。ーーー飛び立つものが寿命短き、飛び立てぬものが寿命長きものであれば、どうなんだろうか。殉死の是非やスパゲッティシンドロームの是非に関わってくる気がする。とりあえず放射線の類いに弱いようだ。生殖細胞のガン化→万能細胞のでき損ない、ということか。魂は意思と記憶からなるというが。弥勒菩薩でも来れば助かるのか?悪魔にキャパ内の穢れを食べて、離脱させると良いみたいだが。マクロファージのように