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サモンナイト u-x 諸々の背景推理 カスラとメルギトス カスラ⚫亡魂編

サモンナイトユークロスを見ていて

 

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これらが亡魂と冥土、エルゴの関係を説明するのでないかと考える。サモンナイト3においてメイメイは「すべての事物はエルゴより分かたれたもの」「意思あるものも意思なきものも」「ないがしろにしちゃダメ」と語っていた。また、ヤッファは「界の意思を無視して働くゆえに召喚術は最強と呼ばれる」と語っていた。そして、核識についても、「境界線を通じて流れてくるすべての情報を一瞬も休まず処理し続けるなんて無理」「廃人になる」という結論に達していた。ディエルゴも最後に、意思なきものの苦しみをー等と語っていた。

上記の材料から何が言いたいのかというと。まず、始源も四界も。エルゴは本質的に「意思なきもの」であるだろうということ。魂にとりつくという冥土も似たようなもの。寧ろ、魂殻の亜種に当たるものでないかと推測する。亡魂もたぶん近い。転生できるかできないかーこれが作中でよく語られることであるが。幹細胞で言う分化能を持つか持たないかに分けられないかに似ている。

「界の狭間の選別方法」が「自分で知ること。など。それが世界の決まりごと」とあることから、主体であるか。内面の発露があるかどうか。その精神性を単位としていた。故に怨霊のような、「今、自分がどうしたくて何を確かめ直すか」等の機能に乏しいものを弾いていた。精神の柔軟性や機転、ダイバーシティと呼ばれる部分も乏しかったとは思うけど。あの怨霊の集合体も哲学的ゾンビの派生なのだろう。それは冥土も当てはまる。結局は「ピノキオ」のような「自我の発露」を起こすかどうか、独立した主体になれるか。連帯の中で、他人が存在しないと自分を確認できないのかどうか。そこら辺の関係だと思う。

サモンナイトユークロスにおけるシャリマがサモンナイト5の記述を超えて冥土を自在にできていたのは、バルレルの目や自らの寄生植物など、発生生物学に関わる進化を修めていたからだろう。

結局は「主体か従属物か」という関係性で語られる図式だとは見る。中枢ー端末。

結局冥土は、フローテが言っていたように「魂そのもののー程ではない」。冥土の元となった穢れは結局「従属物」なのだろう。しかし、何かの理由で「主体」がないまま「従属物」が勝手に動き出してしまう。リビングデッドのように。私は、主体から見た、四肢の欠損に関わらず起きる幻肢痛、の逆なのだと見る。従属物から見た主体がいないにも関わらずそれからの指令があるかのように動く反応。その現象が一見話せるようなディエルゴ逹の意思主体なのだろう。

問題なのはクオリアがあるかないかの哲学的ゾンビとしての性質ではなく。それがそいつらしいか。そうでないか。と言うものだ。付喪神や心を持ちたいピノキオとはまた別。主体がない「反応プログラム」ードラえもんの秘密道具で言うロボッターに当たるものがついているだけだから。そいつが内面からの発露で本当に心ある存在と等しくなりたい、と思う存在かどうかと言うことだ。基本的に、意思がないのが本分として産まれた→エルゴから分化した存在は、意思を持ちたいと思う発露がないのが道理だろう。それで持ちたいと思うのはーあのヴァルゼルドがいったようにバグなのだろう。

ただー感情や穢れなどが理由で転生できない亡魂が増えるのであれば、転生の循環機構がスムーズなはずのロレイラルでは、寧ろ魔力が少ない弊害がある。と言う。脂肪のように、栄養となる劇物、本来は不溶性ではなく難溶性の成分なのだろうか。感情のある魂は。