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サモンナイト エクステーゼ ラスボスに向けた読者レター

サモンナイト エクステーゼ 

プレイステーション2を持っていない私の、ラスボスに向けた読者レター

エグゼナへ。

結局、あなたはもっと自分に興味を持つべきだ。はっきり言ってあなたと敵対した連中が何を言おうと、やつらが間違っていなかろうと、それと較べたあなたが間違っていたわけではない。「自分で探し、知る。それがこの世界の決まりごと」「望んだ答えを得るために-自分の意思で、道を開いて生きていく-そんな放浪者に転生の資格がある」なんだから、何人に断罪されても、この世界の理に対してあなたはあなたで正しい。

しかし、「自分の望んだ答えを得るために、自分の意思で」というところが弱い。あなたはもっと、凝り固まったあなた自身の気持ちを疑うべきだった。

「他人をなんだと思っているんだ」と言われて「大切な栄養だ」と答えたあなたの言葉が、あなたが気付くべき答えだ。あなたはある意味、「界の狭間という世界そのものの癌」だ。作り物の世界において、仕組み上、転生できず力尽きたものが界の狭間自体に吸収される。正体は吸収されたもの逹が残した、吸収を逃れた思念の集合体、でなく。吸収されたもの逹の遺志が変化させた、世界の一部そのもの。だと分析する。エグゼナ自体が「新しく分離されて生まれた、「自我ある」世界の一部」だろう。

しかし、それは昔のエグゼナが辿った「発生」という過程に過ぎない。昔どんな生まれ方をしようが、今のエグゼナという自我の生きる理由は縛られない。今のあなたにとって、過去に敗北した犠牲者どもはどうなのか。栄養だ。エグゼナが自分の栄養にしたというだけの繋がりしか持たない他人なのだ。犠牲者がどれだけ報われなかろうと、エグゼナ自身は、他人の気持ちや望みなんかに生き方を縛られなくてよい。逆に、どれだけ似ていて、ほぼ同じものでも、エグゼナが気付いた望みはエグゼナだけのものだ。

確かに作り物の世界、なんだから、でき損なった部分があって、そこが納得しようがない、というのはあってもおかしくない。しかし「リィンバウムに転生したい、または渡りたい。」それは本当にあなたの望んだ答えとあなたという自我だけの意思なのか?昔はどうだろうと、それだけの力を持つ今の望みが何故それなのか。はっきりと掘り下げられるのか?エグゼナの形をもたない、あり方はサモンナイト5の冥土同様にずるいようで。実はサモンナイト5のカゲロウ逹響友逹よりも不憫なのだろう。彼らは他人が助けてくれて、自分の気持ちと形を見いだせたのだから。

アトシュがエクセラに言った言葉は名台詞だ。「俺はお前らのためには何もしない。助かりたいんだったら自分で歩け」。「自分で、歩くーーー」 

為りすましたキサナの顔で言った、「自分の意思で進むことができないと、変わることができず、定着者として時の流れに取り残されてしまう。」という戒めを。エグゼナ自身はできない、やりにくいと思っているから、「成長には他人ありきで、自分自身は何かを手放しも産み出そうともしない」故に、「取り憑く」→「寄生」する、「魂までも浸透侵食する」能力であり形となっているのだと読み取る。

分析するなら「自分で気付かなければ意味がない」「自分で進む、世界を変えていく」それに適うもの→革新者、を糧として取り込みたいというのがエグゼナの嗜好である。つまり、シリーズで言えばオルドレイク逹、世界の破壊者がエグゼナの趣味だとも読み取れもする。バルレルにオルドレイクが言った限り、「捨てられた世界で騙されたまま生き続けることの方が無惨よ。」「嘘で塗り固めた楽園を破壊し、始祖逹が夢見た世界を、今度こそ形にするために。」らしい。界の狭間、であれば賞賛され英雄になれる資質なのかもしれない。案外ツェリーヌ=セルボルトみたいな人間の残留思念がエグゼナの核なのかもしれない。

いずれにせよ、今のエグゼナが、ある時にもう一度原点を設定して、自分を見つめ直したときに、新しい何かを見つけることができるのだろう。そこから新しい独立した一つの自我としての、エグゼナの道が始まる。界の狭間をエグゼナが望むリィンバウムと同じかそれ以上に変える道もあり。心機一転して既存のものを用いるなり新しい装置を作るなりで界の狭間から独立してリィンバウムに渡るも良し。さらに新しく子を産み出し、その子にリィンバウムでの人生を与えるも良し。他人を栄養にしないで、自分自身の気持ちで自分を成長させて、リィンバウムに対しても誇れる大輪の華を育てるも良し。

自分自身に立ち返った上で今の自分だけで再出発できれば、望みへもう一歩、なのだ。と。言葉を送りたい。

あと、ベクサーはサモンナイト3版のウィゼルが嵌まり役だと思う。

 

 

そして、僕たちだってーあの空の向こうへ羽ばたいていきたかったんだよ、という言葉。サモンナイトユークロスのネスティの自分は欠陥品なんだ、という悩みに似ている。しかし。それぞれ別な理由がある。

ネスティは結局、正しい判断力を凡人以上に持っており、かつ、自分に過酷な内面性をあえて最後まで貫ける鋭さを持った傑物なのである。天秤として最後まで正しい探偵とかは、心を癒せる偽りの日常を否定できる。大抵の人は本当に許せるのでなく、許したふりをして他の生存に関わる関心ごとを片付けていく。

 

エグゼナはその逆のスキルを確かに持っている。しかし、自分で空の向こうへ翔んでいきたい、と思っていて出来ないから苦しいといっているが。お前逹だけ、と言うのがより強い関心ごと。渡り鳥とかで、誰かが翼を痛めたときに、みんなで支え合いながら飛んでいく群れは、多分ないけど。でも翼を持ち寄りながらみんなでゴールする、コミュニティにいたいという願いは本心にあった。それが甘えとひがみで歪んでいったのだと思う。

何で自分でダメなのか、もっときちんと探すことができなかったのだから。確かに討伐時の分析通り、何にでもある隙間に入り込めるのはアドバンテージであり、決まった形を持たないゆえ弾かれると弱いのが種としての欠陥ではある。その本質は液体製の、決まった形を持たない魂の寄生生物である。

原生生物 - Wikipedia

アメーバ - Wikipedia

 

対極になる

多細胞生物 - Wikipedia

一個一個の細胞が一個体であり細胞分裂がそのまま種の繁殖に繋がるのに対し、多細胞生物は生殖細胞だけ受け継がれていく。

 

単細胞生物と多細胞生物の細胞のつくりはどう違... - 生物、動物、植物 | Yahoo!知恵袋

私からエグゼナに勧めたいのは、悪魔と天使それぞれと取引すること。癒しの奇跡さえ使えれば堕天使でも可。

ルチルは言っていた。悪魔商人は魂を取引で集め役立てていると。取引で、魂か魂の欠片を手にいれる。その魂に関連する鍵材も手に入れる。次に天使を呼び出し、まず鍵材を自分自身に打ち込んだ上で、魂の欠片を内部から移植し、癒しの奇跡で魂全体に負荷をかけつつ再建してもらう。かなりかけになるだろうし、溢れた部分は悪魔に食わせるべきだろう。しかし、一部だけでも形を得た一個の素材になるためにはそうすべきだとみる。