ムシウタ 一玖の言うことへのつっこみ 徒然なるレビュー5

一玖の言うことには色々つっこみどころが多い。「ーだと。ーだったおまえが❓」ってフレーズで何度も突っ込める。
とりあえず不死なのが一玖であることも、大食いが分離型の能力を全て使えることも、トリックがあるまやかしだと言えることばかりである。
一見整合性がとれて、俺強えーなようで、だったらもっとこうしてるってところが多い。

1
「不死にして虫食いの虫」。花城摩理がアリスから消えそうになったところで本気モードに入ってアリスを食らいに来た。
消えたあと「虫食いの虫」であり、虫の能力も、虫と、虫憑きの夢と食らう。と言い出した。
はっきり言ってそっちの方が大食いにもたれたら厄介な能力であるってなぜ気づかないんだろう。
能力者個人としては「世界が死ぬことを許さない、その死が世界の死を意味する役柄。故に不死」って確かに強力である。だが同作者の別シリーズに出てくるドクならともかく。一玖がいるから世界の危機が救われた、って場面を聞かない。
ふゆほたるはかっこうが止めたし。青播磨島で先生とからす以外の島民をわざわざ通常兵器の使用までして殺すケースも、一玖がもっとしっかりしてればあり得なかった。
現時点でむしばね発生が起こっていることも、一玖がもっと「クマムシオサムシ→虫憑きの王」として成果を出していればあり得なかった。
世界が終わりかけた局面で無理矢理引きずり出される羽目になるってところがドクであるのに。一玖はそういう星のもとにない。本編の兜の方がまだ始まりの三匹に挑んでいる。

2
結局虫憑きの王、というものは。同作者の前シリーズ、消閑の挑戦者における「ネクストの王」と同じようなニュアンスで登場しているものだと考えてみる。だとしたら。結局ネクスト達の生存率、幸福指数、進捗の達成確率を高めるために存在すべきだ。一玖がいれば虫憑きの生存確率が高まる❓かっこうや土師が虫憑きたちから恨まれながら、その実誰よりも虫憑き達を救っていた。と言う評価を得ているのと同じかもしれないが。
状況的には。一玖に対する虫憑き一般からの評価はどうだろう。え、あの人そんな人だったの、くらいでないか。中央本部と言えば魅車副本部長、あの女の悪行の巣窟ってイメージが強すぎる。
仮に一玖個人が「紛い物の」「虫憑きの王」だったとしても。だったらもっとその威光を知らしめるように動くはずだろう。
少なくとも挑戦者シリーズではネクストの頂点に立っていた姉弟は、世界中の天才から評価されていたし、そいつらを倒した奴だとはっきり知られていけば、主人公がネクストの王かそれから移行した社会的地位を築くことは明白だろう。一玖はハルキヨ並みに、虫憑き全体から評価されていたのか❓

3
まず不死であることを知らしめてみる。
「不死だと。だったら何故戦闘班に参加してみない。」
特環を象徴するかっこうは不死身の悪魔。って定説が蔓延した世界ではある。しかし東中央支部所属の一号指定であって、中央本部がリードすべき政府組織全体のなかでは、中央に籍を置いてくれないと混乱を招く、って当たり前のことである。土師を中央に寄せるのが危ないから誰もさせないだけで。そのかっこうにしろ参加した戦闘で無慈悲かつ確固とした実績を重ねているから今の評価がある。
一玖はどうだろう。一号指定のハルキヨに競りかつ存在で、かつ虫憑きでありながら特環の管理職、成功者。不死にして虫食いの虫ということは、能力的に遜色がない。中央支部の威信を担う任務で遺憾なく超人ぶりを見せていれば。日本の虫憑きの頂点としてかっこう以上に存在感を確立している。
ハンガリーのブラド・ツェペシュを目指すのであれば、部下の中に熱烈な親衛隊くらいはできてもおかしくない。
少なくともむしばねがいる現状。不死身の一玖に勝てないと分かっていながら、むしばねへ離反する職員は大幅に減るはずなのだ。なのにモルフォチョウと遊んでいるくらい、暇。
レイディーだってこんなのが人間の寿命以上に延々と、一世代でも二世代でも君臨していると知っていれば、まず東中央のかっこうと土師を消すために命を擲ったりしなかっただろう。

不死であることを知らしめる効果は高い。自分達のトップはどんな難局であろうと生存できる偉人だ、と部下が信じれば。トップのために道を拓こうという機運が生まれるだろう、打算がある。むしばねにしろレイディーがそういう象徴だと思ったからついていったわけで。ある意味で特環に属する虫憑き達の生きる希望になれる能力なのだ。なのにそう使わない。
あるいは。親衛隊の中で特に功績をあげたものへ、限定的ながら力を分け与えられる、と触れ回れば❓コアトルヘッドブームのときもおまじない効果があったんだ。喜んで一玖に何でもする信奉者ができていくはず。例え土師千莉の評価。炎、自らの炎で、温もりを求める虫を呼び寄せ、焼き尽くすのだとしても。能動的に焼かれるものは、実は太陽の側で踊ることができて、幸せに感じるのだろう。